概要
「絹本著色帰牧図(けんぽんちゃくしょくきぼくず)」は、中国・南宋時代の宮廷画家である李迪(りてき)によって描かれた傑作です。嵐の予感に急いで帰路につく姿を描いた「風雨帰牧(騎牛)」と、雪の中を歩む姿を描いた「雪中帰牧(箆引)」の二幅からなり、一対として国宝に指定されています。本作は、繊細な筆致と卓越した写実表現が特徴であり、日本の東山御物(足利将軍家のコレクション)にも数えられた由緒ある作品です。
歴史的背景
本作が制作された南宋時代(12世紀後半)は、中国絵画史上、写実主義が頂点に達した時期です。作者の李迪は、南宋の画院(宮廷直属の絵師組織)において活躍した重鎮であり、鳥獣や花卉画において並ぶ者のない技量を持っていました。 この作品は室町時代に日本へ渡来したと考えられており、足利将軍家の所蔵品を記した『君台観左右帳記』にも名が挙げられています。現在は奈良市の大和文華館に所蔵されており、中国本土では失われた南宋画の精華が、日本において大切に伝承されてきた「古渡り」の逸品として、極めて高い歴史的価値を有しています。
特徴と魅力
本作の最大の魅力は、微細な描写によって生み出される臨場感と情趣にあります。
- 卓越した写実性: 牛の毛一本一本を緻密に描き分ける「毛彫(もうぼり)」の技法が使われており、生き生きとした質感が表現されています。
- 劇的な画面構成: 牧童が風に煽られる帽子を押さえ、牛が足早に歩む様子から、今にも降り出しそうな雨や風の動きといった自然の気配が鮮烈に伝わります。
- 李迪の落款: 「騎牛図」の画面左上には「慶元丁巳歳李迪画」という紀年銘(1197年)の落款があり、制作年代が特定できる貴重な基準作となっています。対となる雪中図には落款はありませんが、画風から同筆と認められています。
- 色彩の調和: 絹本に施された落ち着いた彩色は、牧歌的な風景の中に潜む緊張感を見事に描き出しており、観る者を惹きつけます。
出典: 国指定文化財等データベースより一部抜粋